2010年12月21日

2010年あと10日 ①

この1年。

2010年は、なんつぅ年だったんだろう。

この9年、宮崎に住んでいる。

こんなに1箇所に住んだのは、人生で初めてだと思う。

 

大阪の高槻市で生まれた私は、小さいころに両親と一緒におじいちゃんや

親戚一同で営んでいた大阪十三のお店の3階、4階部分で生活することとなる。

大阪の十三(じゅうそう)っていうと、知る人ぞ知るっていうエリア。

少なくとも当時はね。

そこで数年。お店の中をうろうろして怒られながらみんなにかわいがられていたと思う。

小学校2年生。

2回目の転居。

大阪市内での移転だったけど、私にとっては大きな環境の変化だった。

友達、できるんかいな。。。。

 

できた。

 

今でも付き合いのあるその親友は、今は石川県金沢市に住んでいる。

嫁に行ってもう何十年?も経つので、今では金沢弁。

○○でぇ~え~。って語尾をのばすのです。

拾ってきた子犬を二人で面倒見ながら、毎日一緒だった。

 

さて、6年後にまた転校。

今度は、吹田市へ。

「すいた」と読みます。

40年ほど前の世界万国博覧会っていうのが開催された

エキスポランドの近く。

大阪市内の「ワル」の学校から転校してきた珍しい女の子って感じで

いじめられたりした。

 

吹田や高校時代の友達には、未練なく18歳でオーストラリアに逃げた。

おそらく、当時の自分の家族環境から逃げたかったのだと思う。

中学生のときに両親が離婚し、その後も理解ある娘としてがんばっていたけど

本当はいやだったのだと思う。

 

離婚しても連絡を普通に取り合える両親や、次々に生まれる妹達。

私もまだ子供だったので、理解を示していたつもりが逃げ場を探していたのだろう。

 

学生のときに知り合った、オーストラリア人の友達3人。

彼らに誘われてオーストラリアのメルボルンに行くことになる。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

おっと!

行かなくちゃ。

続きはまた。 よかったら読んでくださいね!

 

 

 

trackbacks

trackbackURL:

comments

続き楽しみにしてますね~!

ゆみ子社長が、どんなふうに生まれてどんなふうに育ったのか。

ゆみ子さんはゆみ子さんしかいない。

誰でもないゆみ子さんです。

そんなゆみ子さんが大好きで、いつも応援してますよー。

  • ma-cya
  • 2010年12月21日 23:22
comment form

(ゆみ子社長ブログ にはじめてコメントされる場合、不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

comment form